2013年04月12日

2013年4月13日/歩いて楽しいまちなかゾーン/新しい細街路概念を

こんにちは、山田章博です。



先週お話ししました「歩いて楽しいまちなかゾーン」。
おさらいをしながら、もう少し考えてみます。

京都市(担当:都市計画局・歩くまち京都推進室)が
「歴史的都心地区」と呼ぶエリアは
御池通〜四条通、烏丸通〜鴨川の範囲です。

「歩いて楽しいまちなかゾーン」は
この「歴史的都心地区」の細街路を
安心して安全に歩ける道路にすることを目標としています。

具体的に講じられている対策は、以下のとおりです。
(1)路側帯の白線を移動し、車線部分の幅員を減少する。
(2)路側帯の車線側(両側)に、自転車レーンを設ける。
(3)交差点付近で路側帯内などに着色舗装、車止めポールなどを設置する。

arutano0413-1.JPG
<交差点の車止めポール/東洞院蛸薬師:北東>

ここで意図されていることは、以下の効果だと考えられます。
a:路側帯幅を拡大することにより、歩行者空間に余裕を持たせる。
b:自転車レーンを設けることにより、自転車を自動車、歩行者から分離する。
c:車線幅を減少させることにより、自動車の走行速度を低減する。

基本的な発想は
「歩行者」「自転車」「自動車」に、それぞれ
別の通行区分を与えて「分離」することによって
「安全」を確保する、ということです。

ここで考えるべき事柄は、以下のように整理することができます。
A:このような区分が遵守されれば、安全は確保できるのか?
B:このような区分を遵守することが、現実的に可能か?
C:このような区分よりも、より効果的な安全確保策はないのか?

まず、A:について。
自動車の車線と歩行者空間との間に、自転車レーンが介在することにより
歩行者と自動車が交錯する機会は減少することが期待できます。
しかし、自動車と自転車、あるいは自転車と歩行者が接触する機会は
むしろ増加するのではないでしょうか?

次に、B:について。
歴史的都心地区の細街路では、現状でも
路側帯(歩行者空間)を占有する路上駐車が多数、発生しています。
これは、道路前面に空地(駐車余地)を持たない建物が多数あるためです。
また、京都市では沿道での店舗立地や京町家の保全・活用を奨励しています。
つまり、路側帯を占有する路上駐車は今後もなくなる見込みはない、ということです。
そうした場合、歩行者は当然、自転車レーンや車線内を歩行することになります。
そうすると、多くの場所で、上記の区分の遵守が不可能になる、ということです。

arutano0413-2.JPG
<路側帯を占有する路上駐車/民地内を歩く人/東洞院四条上る>

最後に、C:について
細街路における歩行者の安全上の最も深刻な問題は
自動車の通行量の多さと、自動車の走行速度の高さです。
また、これとともに大きな問題と考えられるのが「自転車」の無秩序な走行です。
今回の施策では、上記のように自転車レーンを両側に設けて
それぞれ「左側通行」を促す「矢印」が記されています。
しかし、現状で、左側通行を遵守している自転車は、皆無と行っても良いでしょう。
このような状況では、たとえ車線区分が遵守されたとしても
自転車どうしの衝突の危険は、むしろ増えると考えられます。

arutano0413-3.JPG
<路上駐車/路側帯を逆行する自転車(こども)/東洞院蛸薬師上る>

結論を言いましょう。
私は、この「歩いて楽しいまちなかゾーン」の試みは
成功しないし、間違っていると思います。

では、どうすれば良いでしょうか?

以下は、私の私的な意見であり、提案です。

1.細街路の全面的な「歩行者優先」化
すべての細街路を「歩道」に準じる「歩行者優先道路」とします。
ここでは歩行者が「絶対優先」で対歩行者の事故の罪責は全面的に車両側にあるものとします。
ここを走行する自動車、自転車は「例外」として認められるものに限ります。
走行速度は、極めて低く(例:20km/h以下=徐行)に制限します。

2.最低限の路側帯の「絶対不可侵」
歩行者が通行および対向する最低限度の路側帯(例:幅1m)内は
駐停車を含めて、車両の進入を一切禁止します。
車両の走行および駐停車は路側帯を除く部分でのみ許容します。

3.自転車の「一方通行」規制
自転車は、自動車と同等の「車両」として扱います。
そのため、自転車もまた、一方通行規制を遵守しなくてはなりません。
また、自転車も最低限度の路側帯内を通行、または駐車することは許されません。

4.幹線道路で対面する細街路の、一方通行方向を逆に
歴史的都心地区を囲む幹線道路(御池通、四条通、烏丸通)を挟んで
対面する細街路の一方通行の向きを逆にします。
これによって、幹線道路を横断する「通過交通」を排除します。

簡単に言うと、
歴史的都心地区の細街路は「歩道」であり
そこに進入する自動車や自転車は、そこを通ることが必要不可欠な
最低限度に制限し、歩行者を妨げず、危険にさらすことのない
十分に低い速度(徐行)で、ゆっくりと通行する、ということです。

そして、当然重要なことは
こうした車両への制限や規制が遵守されるよう
法制度を整備し、その運用(監視、取締り、検挙、罰則適用など)を
厳格に行うことも必要です。

私は、今回の「歩いて楽しいまちなかゾーン」のような
いわば、自動車や自転車の自由な走行を前提とする
「小手先」の対策ではなく、
新しい「歩行者のための細街路」を再定義し
道路交通法などのルールそのものを改めることを含む
抜本的な改革が必要だと考えます。

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2013年04月05日

2013年4月6日/歩いて楽しいまちなかゾーン/線から面へ。その効果は?

こんにちは、山田章博です。



みなさん、サクラの花は満喫されましたでしょうか?
今年は、梅が少し遅くて、サクラはちょっと早めでしたね。
シダレザクラはもう散ってしまっているところも多く
ソメイヨシノもこの週末あたりでお仕舞いかと思います。
でもまだ、ベニシダレやヤエザクラもありますね。

キリスト教の国ではこの時期、イースター(復活祭)の休暇です。
そのせいか、いつもよりも外国から観光の方が多いようです。
そしてますます、まちなかを歩いて訪ねる方も増えているように思います。

そんな京都の都心部で、先月の年度末あたりに集中して
「歩いて楽しいまちなかゾーン」の整備が進められて来ました。

京都市ではずいぶん前から「歩くまち・京都」を目標に掲げて
これを推進、実現するための計画である「歩いて楽しいまちなか戦略」を、
地域団体や関連事業者、関係機関をまじえた会議で検討して来ました。
先日3月18日にもこの会議が開かれ、昨年度の取り組みなどが報告されています。

この内で「四条通の歩道拡幅と公共交通優先化に向けた取り組み」のいついては
しばしば報道もされているので、ご存知の方も多いかと思います。

一方「細街路における安心・安全な歩行空間の確保に向けた取り組み」は
あまりご存じないかも知れません。

昨年の3月に試験的に実施された
高倉小学校周辺の細街路での路側帯表示の変更や
東洞院通四条下るでの「シェアード・スペース」の実験については
この番組でもご紹介しました。
その成果を受けて、いわゆる「歴史的都心地区」全体で
路側帯表示の変更が進められることになったのです。

これが「歩いて楽しいまちなかゾーン」です。

もうすでにご覧になった方も多いかと思いますが、
四条通、烏丸通、御池通と富小路通に囲まれた街区で
道路の白線(路側帯)の位置を道路の中心線側に移動して
クルマが通行する幅を狭く、歩行者のための空間を広くしました。
そして、
車道部分の両側にベンガラ色のラインで「自転車レーン」を設けています。
また、学校の近くなどでは
白線の外側に、さらにベージュ色のラインを引いたり、また
交差点付近で路側帯の幅をさらに拡げるなどの改良が行われています。

01touroku.JPG
<東洞院六角付近>

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<蛸薬師高倉付近>

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<柳馬場蛸薬師付近>

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<錦小路烏丸付近>

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<姉小路烏丸付近>

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<姉小路通富小路付近>

この街区に入る四条通、烏丸通、御池通の交差点付近には
ゾーンに進入するクルマに「歩いて楽しいまちなかゾーン」を示す
オリジナルのロゴマークの標識も掲げられています。

07arutano-logo.JPG
<歩いて楽しいまちなかゾーン/標識>

<歩いて楽しいまちなかゾーン/ロゴマーク決定>
http://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000145413.html

この「歩いて楽しいまちなかゾーン」は
今年度(平成25年度)をかけて、歴史的都心地区の全体にひろげ
さらに周辺の街区にも拡げて行く予定のようです。

こうした道路のしつらえの変化が、自動車や歩行者、自転車の行動に
どのような変化をもたらし、安心・安全の向上に役に立つかどうか
見守って行きたいと思います。

※来週もこの話題について、さらに踏み込んでお話ししたいと思っています。
posted by fm797radiocafe at 18:28| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月30日

2013年3月30日/京都市立芸術大学の都心回帰/新しい芸大への期待

こんにちは、山田章博です。



先日、3月27日水曜日の京都新聞に
京都市立芸術大学、京都駅東へ。元崇仁小核に移転要望。
と題する記事が掲載されていました。

<京都新聞web記事>
http://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20130327000023

京都市立芸術大学は昭和55(1980)年に、現在の西京区大枝沓掛に移転しました。

geidai.jpg

<京都市立芸術大学/沿革>
http://www.kcua.ac.jp/profile/history/

それから33年を経て、再び京都市の市街地へ移転しようとしているのです。

一方、崇仁小学校は平成22(2010)年に
植柳小学校、六条院小学校とともに、もとの皆山中学校の跡に
「下京渉成小学校」として統合されています。

その元崇仁小学校の跡地を中心とする地区に
京都市立芸術大学は移転を希望している、と言うことのようです。

京都市立芸術大学の資料を調べてみると
この都心部への移転については、平成22(2010)年に作られた
「京都市立芸術大学 整備・改革基本計画」に
移転先は特定しないものの、すでに示されています。

<京都市立芸術大学 整備・改革基本計画PDF>
www.kcua.ac.jp/wp-content/uploads/basic_plan_2010.pdf

この計画はパブリックコメントを経て策定されているので
移転の構想そのものはもう3年前から公表されていた訳です。

みなさんもご存知のように
昭和61(1986)年に多くの学部が田辺キャンパスに移転した
同志社大学も、この春から文科系学部が全て今出川キャンパスに移転します。

<同志社大学/キャンパス整備事業>
http://www.doshisha.ac.jp/granddesign/index.html

1980年前後から次々に郊外へ移転した京都の大学が
再び都心部へ回帰する動きは、これからも増えるかも知れません。

こうした動きに、主に二つの要因があるように思います。

ひとつは、人口構造の変化です。
学生が非常に多かった時代が1980年代にあり、
学生数を増やすことが大学に求められた時代に
次々と大学が郊外へ移転して行きましたが、その後
「少子化」の時代に入り、それに伴って、
大学間の学生の奪い合いが起きているという点です。
大学にとって「良い学生」と言うのは何か?という議論はあるにせよ
より良い学生を多く集めようとする大学は、様々な要素のひとつに
当然、キャンパスの立地の魅力を考えざるを得ません。

もうひとつが、大学と都市社会との関わりです。
もともと大学は、実社会の慣習や風俗からは離れて
より客観的で純粋な立場から、科学的な研究を行うことを旨として来ました。
ところが、現在では、大学と社会の結びつきが、非常に重視されるようになっています。
私が大学生の頃には、都市社会と大学のつながりと言えば
私が学んでいた建築・土木・都市計画の分野か、もしくは
社会学の分野くらいしか、なかったのではないでしょうか?

とことが今では、多くの大学に
政策、産業、コミュニティなどをその名に冠した学部ができ
多くの研究室と研究者・学生が地域社会へ出て
フィールドワークや実践的な調査・研究・提案などをするようになっています。

そして今回、その動きが芸術系の大学にも広がって来た
と言うことでしょう。

もともと京都市立芸術大学は
京都の伝統工芸、特に絵画の分野を担う人材を育成するため
作られた「画学校」を母体として、現在に至っています。
芸術は、絵画に限らず、音楽なども含めて
その作品やパフォーマンスを多くの人の評価にさらすことによって
向上して行くものであることは、間違いのないところでしょう。
しかし、一方では、より独立性・独創性の高い創作のためには
孤独であることも求められると思います。

京都市立芸術大学の新しいキャンパスが
どのように京都のまちに開き、
同時に独創性を育てる場としてデザインされるのか
楽しみにしたいと思います。


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2013年03月23日

2013年3月23日/早いぞ!サクラ/あなたの「サクラの名所」は?

こんにちは、山田章博です。



毎週のように、同じことを言っているような気がしますが
ほんとに、温かくなったり、寒くなったり、忙しい気候です。
梅の開花は、ずいぶん遅かったようですが、
逆に、今年のサクラは、ずいぶん気が早いようです。

御所のシダレザクラ(イトザクラ)などは
もう満開に近い程、咲いているそうですね。

kyotogyoen20130319.jpg
<京都御苑/出水の小川/イトザクラ/AsanoTetsujiさん@facebook>

honmanji20130322.jpg
<本満寺@寺町/シダレザクラ/五所光一郎さん@facebook>

残念ながら、私はまだ、拝見できておりません(苦)。

ソメイヨシノはまだまだのようですが
昨年から二条城のソメイヨシノを基準にしている
京都気象台の開花宣言は、既に昨日、発表されたようです。
平年より6日、早いそうです。

<京でサクラ開花宣言 平年より6日早く>
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20130322000104

さて、これも毎年、この番組でお話ししているように思うのですが
いろんなメディアで「京都の桜の名所」や開花予想、開花情報が
公開されていますよね。
でも、そこで紹介される「サクラの名所」が、私には
「なんか、ちがうなあ」と思えてしまうんです。

端的に言うと、メディアの方々は、
「サクラの名所」は「観光地」でなくてはならない、
と、消費者のみなさんは思っていると
思っているような感じがします。

つまり、言い替えると
観光地じゃないところに、いっぱい
サクラの名所があると思うのです。

その代表が、学校であり、公園です。
また、川沿いにサクラが植えられているところも
たくさんあります。

京都三条ラジオカフェのスタジオ(寺町三条)の近くでも
鴨川はもちろん、高瀬川沿いも全部サクラですし、
立誠校、生祥校、高倉小学校などにもサクラがあります。
ウィングス京都の南隣、御射山公園もサクラの名所です。
初音校跡の「パトナ」にもシダレザクラがあります。
竹間校跡の「こどもみらい館」にも立派なサクラがあります。
本能校跡「本能館」(油小路蛸薬師下る)にもあります。

こうした「まちなかサクラ名所」は、もちろん
よそから来られる方に、ご紹介する必要もありませんが
本心では「あんな人の多いとこより、こっちの方が…」
と思っている京都の人は、多いはずです。

私は、個人的には、鴨川
葵橋から北大路橋までの鴨川の東岸のサクラ並木が
一番好きです。

あなたの、京都のサクラの名所は、どこですか?
そして、どんな方になら、そこを教えてあげたいですか?

そう考えると、私たちが、どんな方に、どんな風に
京都を楽しんでいただきたいと思っているか、
ちょっと判るような気がしませんか?
posted by fm797radiocafe at 10:10| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

2013年3月16日/駅ナカアートプロジェクト/アートのための駅づくりも

こんにちは、山田章博です。



温かくなったり、また寒くなったり
気候の変化が激しく、
服装の選択や体調管理が難しい春先です。
みなさん、お元気におすごしでしょうか?

今年も先週金曜日、3月8日から「東山花灯路」がはじまり
http://www.hanatouro.jp/higashiyama/
また、3月9日(土)から20日(水・祝)までは
「伝統産業の日」の各種イベントも開催されるなど
http://www.densannohi.com/
いよいよ春の観光シーズンに向けて、京都が活気づいて来た感じがします。

そんなこの時期、昨年から始まった催しがひとつ
3月13日(水)から今年もはじまりました。

「ダイガク×チカテツ 駅ナカアートプロジェクト」です。
http://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000142404.html

昨年は地下鉄烏丸線の駅で展開されたこのイベント。
今年は東西線の駅にもひろがり、参加する大学も9大学に増えました。
期間は2013年3月13日から6月30日(日)までです。

このイベントは、京都市の地下鉄の駅の構内、主に通路壁面などに
大学生が制作したアート作品を展示するものです。
その作品は、特定の地下鉄駅に展示することを意識した
いわば「サイト・スペシフィック(場所限定的)」な作品です。

早速3月14日(木)夕方に東西線の各駅、そして
3月15日(金)の午後に烏丸線の各駅で、作品を見て来ました。
今年の参加大学と担当駅、タイトルは、以下のとおりです。

<烏丸線>
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国際会館駅/京都精華大学/「STATION ZOO / STATION AQUARIUM」

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松ヶ崎駅/京都工芸繊維大学/「めじラボ - MEJI LAB.-」

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北大路駅/京都府立大学/(1)「鴨川をたのしむ」

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北大路駅/京都府立大学/(2)「地下鉄とその上 街とその下」

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くいな橋駅/京都教育大学/「Underground Rainbows」

<東西線>
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石田駅/京都女子大学/「ヒーロー」

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椥辻駅/京都橘大学/「梛木の駅の仲間達」

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東山駅/京都造形芸術大学/「こんなウイルス,悪くない。」

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二条城前駅/京都市立芸術大学/駅でのハナシ

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太秦天神川駅/京都嵯峨芸術大学/「めぐるぐるぐるちかてつりー」

それぞれの作品の感想や評価は、ここでは控えます。
みなさんご自身で、ご覧頂きたいと思います。

ここでは、個々の作品についてではなく
この催しとその試みについて考えてみたいと思うのです。

地下鉄は、地上の交通から隔離された専用の空間を走行する
いわば、純粋な「移動」のための仕組みです。
車窓から景色も見えず、季節感や天候とも無縁です。
それを多くの展示解説では「無機質」と表現していました。

そんな地下鉄に感覚的な豊かさを与えるものとして
アートが活かされることは、とても良いことだと思います。
でも、どの展示、作品も、何か物足りないことも事実です。

例えば、
展示場所の照明が暗く、作品が引き立って見えない。
予算や時間の制約もあり、個々の作品の密度が低い。
走行する電車、通り過ぎる人々と作品の相互作用が乏しい。
などです。

これからも、この催しを続けるのであれば
展示を前提とした「照明」を整えることも大切でしょう。
また、電車が起こす「風」や人々が通行し、作品に触れるなどで
小さなエネルギーを生み出し、また信号やイメージを採取して
これを呼応するような作品も期待したいところです。
さらには、車内や構内での携帯端末からの操作で
作品そのものに参加できるような仕組みも考えられるでしょう。

このイベントをもっと多くの人々を楽しませてくれるものにするために
さらに工夫を期待したいと思います。
ラベル:駅ナカ アート
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2013年3月9日/京都市シェイクアウト訓練/新しい防災訓練の試み

こんにちは、山田章博です。
blogの掲載が遅れて、申し訳ありません。



3月10日(日)には「京都マラソン」が行われました。
午後からは冷たい雨も少し降って、
ランナーのみなさんにとっては、また応援のみなさんには
どんなマラソンだったんでしょうか?

その次の日、2013年3月11日(月)は
東日本大震災から2年を迎えました。
この日、京都市では、新しいタイプの防災訓練が実施されました。

「京都シェイクアウト訓練」というものです。
http://www.bousai-kyoto-city.jp/bousai/shakeout.htm

これまでの防災訓練と言えば
例えば、各学区などの地域で主に9月に行われていますが、
各町内で幟(のぼり)を立てて集まり、学校などへ行き
地域の自主防災会や消防署の方などのお話しを聞き
消防団の消火活動の実演を見たり、
ちょっとした防災行動の体験をする、といったものです。

一方、京都市では今回はじめて行われた
シェイクアウト訓練は、まず
予告された時刻に、京都市内におられる多くの方の
携帯電話やスマートフォンなどの携帯端末に
「緊急速報メール」が届くところから始まります。

今回の日時は、2013年3月11日(月)10時30分でした。

今回の訓練では、NTT-docomo、au、softbankの端末に
緊急速報メールが届いたようです。
と言うのは、私のスマートフォンはEmobileのものなので
私にはこのメールは届きませんでした。

メールが届くと、そこには
「地震の発生を想定して、身を守る姿勢をとってください」
と言った内容が記されています。

それぞれの方が、その場で、机などの下に身を伏せるなどの
危険回避行動を1分間持続することが、求められます。

さて、現在、この訓練についてのアンケートが実施されています。
上記のサイトから解凍できます。締切は3月26日(火)です。

どれだけの方がこの訓練に参加し、メールを受け取り
そのメールの指示に従い、どんな行動をとったのでしょう。
そして、どんな感想を持ち、教訓を得たでしょうか?

みなさんは、どうでしたか?
興味のあるところです。
アンケートの結果が公表されたら、また
お伝えしたいと思います。
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2013年03月02日

コトチカ京都/グランドオープン/公共交通利用促進に必要なこととは?

こんにちは、山田章博です。



3月になりました。
今週木曜日。2月28日は、ほんとうに温かい春の陽気でしたね。
でも昨日、3月1日(金)は午後から雨。時折はげしく降りました。
そして今日土曜日は、すこし冬に逆戻りです。
明日は「ひなまつり」、来週の日曜日は「京都マラソン」ですね。

さてそんな3月に入って最初の日、3月1日(金)には
地下鉄烏丸線「京都」駅構内の「コトチカ京都」が
昨年春のプレオープンから約1年かけて
「グランド・オープン」となりました。
あらたに3店舗が加わって、完成した訳です。

http://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000130260.html

そのグランド・オープンの日の夕方、見て来ました。
今回新たにオープンしたのは
コンコース中央南よりの「小川珈琲」

ogawa.JPG

東側に「成城石井」と「志津屋」です。

ishi.JPG

shizuya.jpg

これで「コトチカ京都」は9店舗になりました。

なかなか利用客の伸びが思うに任せない
京都市営地下鉄の「てこ入れ」策として
京都駅の他、四条駅、烏丸御池駅でも展開されている
地下鉄駅の、いわゆる「駅ナカ」店舗群が「コトチカ」です。

http://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000101442.html

地下鉄の経営にとっては店舗テナント料が安定して入る
魅力的な事業であることは、間違いないでしょう。
しかしこれが、本業の地下鉄の利用客増加につながっているのか
いささか、疑問です。

京都市ではここ数年「歩くまち・京都」を標榜して
さまざまな公共交通利用促進策を打ち出して来ました。

思いつくだけでも、
祇園や河原町から夜遅くにJR京都駅に直通する「よるバス」
http://www.kyoto-lab.jp/nightbus/nightbus.html
インターネットの経路検索サービス「洛ナビ」
http://www.city.kyoto.jp/kotsu/rakunavi/index.html
京都市内のほぼ全ての公共交通で使える「京都フリーパス(1日乗車カード)」
http://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000131409.html
地下鉄駅構内での音楽演奏を認める「サブウェイ・パフォーマー」
http://www.brj.co.jp/subway_p/
駅構内での「京の旬野菜直売所」
http://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000094571.html
などがあります。

また、昨年から市バスのバス停でのサービスが始まり
昨日からは地下鉄京都駅構内でも開始された
無料の無線インターネット接続サービス
「京都どこでもインターネット」サービスも
利用の手順が複雑で、仕組みも判り難く
使いやすいとは言えません。

http://kanko.city.kyoto.lg.jp/wifi/

そして何より気になるのは
これらはいずれも、地下鉄やバスそのものの
「お得感」にはつながっていないように思えることです。

例えば、
市バスの定期券(市内中心部フリー1ヶ月)は9,240円です。
http://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000006679.html
京都市営の駐輪場(自転車)の定期利用は1ヶ月、2,500〜2,700円です。
http://www.kyotopublic.or.jp/teiki/index2.html
自転車の減価償却や維持コストは1ヶ月1,000円未満でしょうから
どう考えても自転車の方がお得です。

自動車はもちろん、バスよりもコストは嵩みますが
荷物や自由度を考えると、まだまだ魅力ある選択肢でしょう。

バスや地下鉄の利用を本気で促そうと考えるのであれば
当然のことながら、料金体系そのものを改変すること、また
便数を増やし、バス系統や乗り継ぎをより判りやすくするなど
できることは、たくさんあるはずです。

当然、バス・地下鉄の運賃の値下げや増便は
利用者数が現在のママであれば、減収減益につながるでしょう。
しかし、もしかすると、こうした改革によって
劇的に利用者が増える可能性もあると思います。

場合によっては、これまでタブー視されて来た
市営交通の「赤字」容認、と言う考え方も
「歩くまち・京都」実現のためには、必要かもしれないとも思います。

せっかくの京都の公共交通。バスと地下鉄を
もっと使ってもらえるようにするために
経済性と利便性の向上と言う、利用の根本動機につながる
抜本的な改革を期待したいと思います。
posted by fm797radiocafe at 13:03| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

北野天満宮/梅の名所は京都の北西の周縁/都市と境界領域

こんにちは、山田章博です。



今週も「梅」を見て来ました。
先週は「まちなか(四条烏丸を中心とするエリア)」の
比較的「マイナー」な天神さんをめぐりましたが
やはり「北野天満宮」へは見に行かなくては、と思い
2月22日(金)の午後に行って来ました。

http://kitanotenmangu.or.jp/

01torii.JPG
幸いお天気もよく、明るい日差しに恵まれました。

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北野天満宮では、梅苑はすでに公開が始まっています。

2月25日の天神さんの縁日の日には「梅花祭」が行われる予定ですが
梅の開花はまだ、満開にはほど遠く、チラホラを少し過ぎたあたりです。

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それでも、多くの方が、主に梅を目当てに訪れていました。

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また、受験シーズンでもあり
本殿前にも参拝の列ができていました。

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現在、私たちが「春の花」または「花」と言う場合
「サクラ」を指すことが一般的ですが、昔(古代)には
「ウメ」こそが「花」であった、とはよく言われることです。

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まだ春が気配だけの寒い気候の中でも
確実に春が近づいていることを告げ知らせてくれる「梅」の花。
また、葉が出る前に花だけが咲き、香りが開花を知らせる「梅」。
昔の人々にとっては、何か「神秘」なものを感じさせる
そんな花だったのだろうと、想像されます。

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それにしても、
菅原道真公を祀る京都で最大の天満宮
「北野天満宮」は、なぜあの場所、つまり
御前通の今出川の北側にあるのでしょう?
北野天満宮は903年に菅原道真公が亡くなってから約40年後の
947年に、現在の場所に創建されたと伝えられます。

このあたりは「北野」と言う名でもわかるように
平安時代には「まち」ではありませんでした。
現在の千本二条あたりに正面の門(朱雀門)を持つ
内裏の「北西」にあたります。

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「平安京条坊図と現代のイラスト地図の重ね合わせ」
出典:http://www.genkihiroba.net/g/joubouzu.html

北東が「鬼門」、南西を「裏鬼門」とすることはよく知られていますが
「北西」は、鬼門の典拠となっている「山海経」では
「天門」、つまり天に通じる道とされています。
そして、北野天満宮にほど近い一条通にある「大将軍八神社」では
毎年10月に行う祭礼を「天門祭」と呼んでいます。
http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=2&ManageCode=1000388

都の天門(北西)に祀られた神だから「天神」と呼ばれるのか?
それとも、天神だから「天門」に祀られたのか?
これは私には良く判りません。

ただ、天神様が都のすぐ外に祀られたことには
なにか重要な理由があったように思います。

京都には現在の地名にも、多くの「野」が残っています。
北野はもちろん、平野、紫野、嵯峨野などです。
今ではあまり使われませんが、蓮台野、鳥辺野なども知られています。
これらはいずれも「まち/いち」に対する「の」であり
都市の近くにありながら、都市化されていない場所を指しています。
つまり、人間の世界に接した、人間以外の者たちの領域なわけです。

私は、北野天満宮へ行くたびに、天神さん参りや梅見よりも
必ず行きたくなる場所があります。

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それは北野天満宮の西を流れる「紙屋川」と
境内のすぐ北の住宅地の中にある「御土居」の遺構です。

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豊臣秀吉が京都を支配した時、
彼は京都のまちに大きな改造を加えました。
そのひとつが土塁による城壁「御土居」の築造です。
紙屋川は京都の西を限る「濠」として利用され
その東にそって「御土居」が築かれました。

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平安京の「外」に造られた北野天満宮は
秀吉によって、京都の「中」に取り込まれたわけです。
いずれにしても、北野天満宮の場所は
京都の北西の境界にあたることになります。

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京都の北西の境界としての位置づけは
近代に入っても意識されていたように思います。
それは、北野天満宮にほど近い「北野白梅町」が
京福電車(嵐電)の終着駅になっていることから
想像できます。

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この時期、梅を楽しみに北野天満宮を訪れる方は多いと思います。
みなさんも、この場所の、京都の北西の境界としての意味を考えながら
梅の花を楽しみ、天神さんに詣でてみては、いかがでしょうか?

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2013年02月16日

2013年2月16日/梅ほころぶ/まちなか天神さん巡り

こんにちは、山田章博です。



2月も半ばになりましたが、
なかなか温かくなりませんね。
ほんとに春が待ち遠しい今日この頃です。
北野天満宮では、梅苑の公開が始まったと聞きました。
梅の花は、もう咲き始めているのでしょうか?
そんなことを思って、昨日、2月15日金曜日の午後、
雨が上がったので、梅を見に歩いて来ました。

京都で「梅」と言えば、やはり北野天満宮が名高いですが
他にも、梅の花が見られる場所はいくつもあります。
天神さん、つまり菅原道真公を祀る天満宮には
必ず、梅の木が植えられています。そして
京都には、北野天満宮だけでなく、たくさんの天満宮があります。

三条東洞院の私の事務所から歩いて15分以内で行けるところにも
天満宮が3社、あります。

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御所(京都御苑)の西向い「菅原院天満宮」

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新京極錦の「錦天満宮」

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西洞院仏光寺の「菅大臣社」です。

菅原院天満宮の梅は、まだツボミも固かったですが
菅原院天満宮のそばの京都御苑にも梅苑があります。
ここではピンクと白、それぞれ一株が咲き始めていました。

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錦天満宮は境内も大きくはなく、まちなかと言うこともあって
境内の梅の木はどれも小さなものですが
本殿前左の白梅、左奥ではピンクの梅が咲いていました。
また本殿前右側の「牛さん」の後ろの梅もほころんでいます。

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西洞院の東、仏光寺通と高辻通の間にある「菅大臣社」は
ご存じない方も多いかも知れません。
でもここは、菅原道真公が生まれた屋敷があった場所とされています。
境内には多くの梅の木が植えられていますが
本殿前の鳥居を入った右側の「枝垂梅」のツボミが色づいていました。

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これらの他にも、京都には天満宮がたくさんあります。
吉祥院天満宮、白川天満宮、寺町四条下るには火除天満宮
高倉六条には文子(あやこ)天満宮
堀川寺之内には水火(すいか)天満宮などです。
また、京都府内では長岡天神や生身天満宮(南丹市園部)などがあります。

天神さんとして祀られている菅原道真公は
有能な政治家であり、文人としても優れた才を持つ人でした。
彼の才能をねたむ敵も多く、そのために政争に巻き込まれて失脚します。
無念の内に生涯を終えることになった菅原道真公を、当時の人々は大変恐れ、
度重なる災害や災厄を「たたり」と考えて、天満宮を祀るようになったわけです。

これはいわば、日本史上で最も有名な「いじめ」であったわけで
その「いじめ」の自覚があるからこそ、天神さんを祀り敬うことにも
なったのでしょう。

教育の場での「いじめ」や、教育の名を借りた「暴力」が
いつまでたっても、なくならず、
ますます問題は根の深いものであることが明らかになる昨今
天満宮で梅の花を愛でながら、
菅原道真公の事蹟を思い起こすことも、あながち現代の社会問題と
無関係だとは言えないように思います。

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2013年02月08日

2013年2月9日/鴨川河川敷(三条〜四条)/均一空間は如何にして界隈性を獲得するのか?

こんにちは、山田章博です。



先週末の節分前後は比較的温かでしたが
今週はまた寒さが戻って来ましたね。
なかなか春の訪れは、足早とは行かないようです。

この時期、あちこちで道路などの工事が行われます。
年度末が近づいて、予算を消化しなくてはいけない、
ということもありますが、
雨が比較的少ないことや、植物の移植がしやすい時期でもあります。

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みなさんは、今、
鴨川の四条大橋、上流側の右岸(西側)の河川敷で
工事が進められていることをご存知でしょうか?

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昨年の今頃は、三条大橋の下流側から
四条までの約半分の工事が行われ、今
四条大橋までの下流側の半分が整備されつつあります。

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鴨川の河川敷は、ここ20年程の間、継続して
毎年少しずつ、整備されて来ました。
私自身もこの事業の最初の頃に
基本設計のお手伝いをしたのですが、
長い年月をかけて、ようやく鴨川の中心に到達した
という感があります。

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この三条〜四条が完成すると
南は塩小路通(塩小路橋)から北は北山通(北山橋)まで
鴨川沿いの遊歩道が連続することになります。
三条〜四条は、芝生の真ん中に、土っぽい歩道が通る
シンプルな設計です。

みなさんは、この三条〜四条の西側の河川敷が
この工事の始まる前には、どのような状態だったか
憶えておられますか?
じつに味気ない、コンクリートの「床止めブロック」というのが
敷かれていたんです。でこぼこで歩き難かったですね。

それでも、この三条〜四条の区間は
鴨川の中でも一番、多くの人が集まり、歩く区間でしょう。
それは繁華街に隣接して、人通りの多い
三条通(三条大橋)と四条通(四条大橋)の間にあるから
当然、と言えますね。

では、なぜ、三条大橋や四条大橋が
鴨川を渡る橋の中でも、こうも人通りの多い場所になったのでしょう。
また、なぜ鴨川に近い河原町通や木屋町通などの
三条〜四条が、京都の中でも一番にぎやかな繁華街になったのでしょう。

京都のまちは「碁盤の目」、格子状の街路でできています。
平安京の一番北が「一条通」、一番南が「九条通」です。
三条〜四条は、ほぼその真ん中にあたります。

でも、鴨川は平安京の外、東側の「洛外」です。
平安京の一番東の端は、現在の「寺町通」、昔は「東京極大路」
と呼ばれていた通りです。つまり、
現在の繁華街はほぼ、平安京の東の外にあたる、ということになります。

同じような通りが東西南北に通じる平安京は
本来、どこを採っても優劣のない、いわば「均質空間」のはずでした。
それが、いつしかそれぞれの界隈に特徴が生まれ
市街地が元々の平安京の外にもひろがって
現在のような京都のまちが、できて来た訳です。

これからも、京都は変貌を続けて行くでしょう。
現在の繁華街や中心地も、そうではなくなる日が来るかも知れません。
ひとりひとりのちからは小さくても、京都に暮らす私たちの
日々の行為や行動が、京都のまちを刻々と変化させているのです。

私たちは、今、どんな京都をつくり
未来にどんな京都を残そうとしているのか?
永い歴史の流れを振り返りながら、
鴨川べリで、そんなことを考えました。

みなさんは、どんな京都をつくり、残したいですか?

posted by fm797radiocafe at 19:20| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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