2012年05月25日

2012年5月26日/御池通の歩車分離信号と自律的安全確保

こんにちは、山田章博です。



短い春も過ぎて、すっかり初夏の日和となり
梅雨を感じさせる雨の日も多くなって来ました。
この番組では、ここのところ、京都市内各地域の
春のお祭りの話題を連続してお送りして来ましたが
今週からは、少し話題の方向を変えてみたいと思います。

4月12日には東山区大和大路四条付近で、また
4月23日には亀岡市で、歩道や防護策などのない道路で
自動車が暴走し、歩行者が多数死傷する事故がありました。
その後も全国各地で、似たような事件の報道が多いような気がします。

先日もこの番組でお話ししましたが
自動車が暴走して来た場合、その圧倒的な速度とエネルギーの違いのために
歩行者にはほとんど、事故を防ぐための手だてがありません。
唯一可能な防止策は、十分な強度のある障害物の影に
歩行者が隠れて逃れることかと思います。
その意味では、わずかな段差の歩道や、華奢な防護策が有効かどうかも
はなはだ疑問ですし、景観の面からは目の敵にされている電柱が
暴走する自動車から実を守る、最も有効な障害物なのかも知れません。

さて、今日のお話しは、御池通の信号についてです。

御池通の寺町から東洞院にかけての交差点の信号の
パターンが以前と異なっていることにお気づきの方も多いかと思います。
四条通(寺町〜東洞院)で2010年に導入された「歩車分離式」信号が
昨年2011年12月から、御池通でも導入されています。

<京都新聞/御池通に「歩車分離」導入/信号無視の常態化解消へ>
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20111206000030

歩車分離信号の目的は、主に
歩行者が横断歩道を使って道路を横断する時に
自動車などが交差点に進入しないようにして
歩行者の安全性を高める、と言う点にあります。

<京都府警察/歩車分離式信号機の導入>
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/kotu/kisei_s/bunri/index.html

そのため、四条通では
(1)四条通(東西方向)の車両・歩行者が青
(2)南北通(東洞院など)の車両のみが青
(3)東西・南北の全部の歩行者信号が青
の3つのパターンを繰り返して
南北方向の細街路から交差点に車両が進入する時には
全ての歩行者信号が赤になるように設定されています。

一方、御池通では、このパターンが少し、ちがっています。
御池通では
(1)御池通(東西方向)の車両・歩行者が青
(2)南北通(東洞院など)の車両・歩行者が青
(3)東西・南北の全部の歩行者信号が青
となっています。

IMAG0117.jpg
<東洞院御池交差点/2012年5月25日>

つまり、四条通よりも御池通の方が
南北方向の歩行者信号が青になる場合が多くなっているのです。
また、御池通の場合には、車両と歩行者がともに交差点に進入する場合が
多くなっているのも特徴です。

このような、御池通の信号パターンが採用されている理由は、どうも
御池通に沿った歩道を通行する歩行者や自転車による
南北方向の細街路との交差点での「信号無視」が非常に多かったためのようです。
つまり、御池通の歩道を通行する人たちが、信号を待ちきれなかった
ということです。

私自身も、自転車で細街路から御池通の交差点に進入する際に
まったく左右を確認せずに信号無視で横断歩道を渡ろうとする自転車と
衝突しそうになったことが、何度もあります。
ですから、この信号無視が常態化していることそのものは、
大きな問題だったと思いますし、歩車分離信号の導入によって
歩行者や自転車の信号無視が減るのであれば、悪いことではないとも思います。

しかし、ことの本質は、そこにはないのではないでしょうか?
つまり、自分の側の信号が青であったとしても、赤信号を無視して
暴走してくるクルマもあるかもしれないのが、この世界です。
つまり、信号にさえ従っていれば、安全が守られると考えるはできないのです。
ましてや、自分の側の信号が赤であるにも関わらず、全く安全確認をせずに
交差点に進入することは「自殺行為」以外の何者でもありません。

私は、
「信号を守るように、教育や指導を徹底する」とか
「守りやすいように、信号のパターンを変える」などという
考え方や方法そのものが、本質を取り逃がしていると思うのです。

極端に言えば、私は
「安全さえ確認できれば、赤信号であっても、進行してかまわない」
と、思っています。たぶん、この考え方は、ある種の「良識ある人々」から見れば
非難されるべき考え方と映ることでしょう。それは承知しています。

しかし、何よりも
「自分の安全は、自分の注意力を傾けて、自力で確保する」
「機械(信号機など)に支配されることなく、自分の行動は自分で決める」
「自分だけでなく、周囲の人々の安全も、自分自身で高める」
ということが、今の私たちに最も欠けていて、必要とされていること、
すなわち「自律性」と言うことなのだと思うのです。
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2012年05月18日

2012年5月19日/西寺公園に6基の御神輿が集結した

こんにちは、山田章博です。



ここのところ、この番組では
お祭りのお話しを続けてお送りして来ましたが
京都の春のお祭りシーズンも、この週末あたりで
そろそろ一段落、と言う感じです。

昨日、5月18日には上京区の「上御霊神社」の
御神輿のお祭り「還幸祭」がありました。
そして明日、5月20日(日)には、中京区
寺町丸太町下るの「下御霊神社」で、お祭りがあります。

先週末、5月12日(土)、13日(日)も
私は、お祭り見物で、ほぼ週末を使い果たしてしまいました。
12日(土)には、先週もお話しした
賀茂祭の中心的祭礼と言うべき「御蔭祭/みあれ神事」が、
そして、13日(日)には、上京区の今宮神社の還幸祭と
右京区の松尾大社の「還幸祭(おかえり)」が行われました。

その松尾大社の還幸祭の中でも、ひとつ
是非皆さんに知っていただき。一度ご覧頂きたい場面があります。
それは、ちょうど正午ごろ、南区唐橋学区の唐橋小学校北隣りにある
「西寺公園」に、松尾大社の6基の御神輿の全部が集まる場面です。

<松尾大社/還幸祭>
http://www.matsunoo.or.jp/kanko_sai/mikoshi-kanko_sai.html

松尾大社のお祭りでは、4月末に行われる「神幸祭(おいで)」で
神輿が船に乗って桂川を渡る「船渡御」が良く知られていて
新聞などでも毎年のように紹介されています。

<松尾大社/神幸祭>
http://www.matsunoo.or.jp/shinko_sai/mikoshi-shinko_sai.html

これに対して、西寺跡であり「旭日の杜(あさひのもり)とも呼ばれる
西寺公園への御神輿の集結の様子は、私の知る限り
新聞などで紹介されているのを、見たことがありません。

松尾大社の御神輿は、今年は4月22日(日)に松尾大社を出て
西七条御旅所(御前通七条下る)に4基、そして
三宮御旅所(西京極北裏町)と衣手御旅所(西京極東衣手町)に
それぞれ1基ずつが、還幸祭まで止まります。
この別々の場所に止まっていた6基の御神輿の全てが集まるのが
「西寺公園」なのです。

<西寺跡>
http://sontyou.sub.jp/tabi/saiji.htm

5月13日(日)正午ころ、西寺公園の周辺に御神輿が集結し始め
西南の方から「ほいっと、ほいっと」のかけ声が近づいて来ます。
そして6基の御神輿は、公園の南西の入口から順に公園に入り
もうもうと土煙を立てながら、差し回しが行われた後
公園の中心にある西寺跡の小山の西側の広場に
横一列に、きれいに並べられます。

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<西寺公園/還幸祭の様子/2012年5月13日>

次々に公園に登場する御神輿と、これを担ぎ、取り囲む白い法被の男たち
立ち上る土煙、青空にひびくかけ声、これを見守る地域の人々。
ここには、それぞれの御神輿を伝え支える、それぞれの地域の誇りとともに
現在の行政区や学区を越えた地域相互の結びつきと競争心などが
お祭りと言う「かたち」に表現されているさまを見ることができます。

みなさんも来年は是非、機会がありましたら
この松尾大社の還幸祭、西寺公園で正午ころに行われる
御神輿が集結する様子をご覧頂きたいと思います。
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2012年05月11日

2012年5月12日/賀茂祭(葵祭)の中心、「御蔭祭」を見に行きます

こんにちは、山田章博です。



先週は、賀茂祭(葵祭)のお話しをしました。
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<上賀茂/大田神社のカキツバタ/2012年5月11日>

賀茂祭が「毎年、春に生まれ変わる神を迎える儀礼」であり
そこには、古代の人々の「季節とともに循環する自然と時間」の感覚が
表現され、伝えられている、と言うお話しでした。
言い替えると、多くの方々が現在、賀茂祭の中心と考えている「葵祭」は
本来の中心的な儀礼である「みあれ神事」が終わった後の、
いわば「後祭(あとのまつり)」だということです。

さて、今日5月12日(土)は、いよいよ賀茂祭の中心である
「みあれ神事」または「御蔭(みかげ)祭」が行われています。

5月12日の日中に行われる祭礼は、
下鴨神社の神官たちが、比叡山の麓、上高野の森の中にある
「御蔭神社」へ行き、ここで、
生まれたばかりの「御霊(みたま)」を受け取り
下鴨神社へこれを移して、ここに安らげて鎮める、というプロセスです。

朝9時頃から、下鴨神社での準備の儀礼が始まり
9時半頃から、一行(これを行粧と書きます。読み方は不明)は
現在は自動車で比叡山山麓の御蔭神社へ赴き、正午ころ
御霊を受け取って、これを下鴨神社へとお連れします。
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<下鴨神社/2012年5月11日>

その経路は主に「大原街道」と「下鴨中通」です。
私が得た情報によると、行粧の列は、12時45分頃
大原街道(高野川と並行する、川端通の一本東の通り)の
北泉通(叡電「一乗寺」北側のバス通り)との交差点でクルマを降り
ここから500mほど南の「赤宮(あかのみや)神社」に
13時10分頃に入ります。
ここで、路次祭と舞楽奉納が行われます。
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<赤宮神社/2012年5月11日>

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<赤宮神社での告知/2012年5月11日>

14時10分頃、赤宮からクルマで出発し、
大原街道・北大路(イズミヤ北西角)から北大路通を西へ、
下鴨中通(府立大学前バス停付近)交差点に15時10分頃に着き、
ここから下鴨中通を南に1kmほどを歩いて下って、
15時40分ころ、糺の森に入ります。
糺の森も参道では、16時頃から「切芝の神事」が行われるそうです。

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<糺の森/儀礼の場の準備/2012年5月11日>

実は私もこれまで、この「御蔭祭」を拝見したことがありません。
ですので、それぞれの祭式や儀礼がそのように行われるのか
具体的なイメージを持てていません。
しかし、ここには、非常に古い、平安京造営以前に
この京都盆地(山城盆地)北部に暮らしていた人々の世界観が
受け継がれているに違いないと思います。

今日はこの「御蔭祭」をじっくり、しっかり拝見し
京都と言う土地と人々の結びつきについて、考えてみたいと思います。

また、赤宮神社(大原街道の疏水端)周辺の地域では
この祭礼にあわせて、赤宮神社の例祭として
14時30分ころから、それぞれの町内の「子ども神輿」が巡行します。
こちらも応援していただければと思います。
posted by fm797radiocafe at 16:56| 京都 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

2012年5月5日/賀茂の祭(葵祭)を通して古代の自然観に思いを馳せる

こんにちは、山田章博です。



ゴールデンウィークも残り少なくなって来ましたね。
今年のGWは、前半は良い天気でしたが
5月に入って少し雨模様が続きました。
でもこの土日は良いお天気が続きそうです。

さて、先週は
伏見稲荷大社と松尾大社を中心に
御神輿の出るお祭りのお話しをしました。
今日は「賀茂祭(かものまつり)」つまり、
通称「葵祭」のお話しです。

いわゆる「葵祭」の行列は5月15日(火)に行われますが
すでに、5月3日(木)には、下鴨神社で「流鏑馬」が
そして今日5月5日(土)には、上賀茂神社で「競馬(くらべうま)」の神事が
それぞれ行われ、これから半月にわたって、さまざまな行事が行われます。

賀茂祭は言うまでもなく、山城国で一番由緒ある神社とされる
上賀茂神社(賀茂別雷社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)のお祭りです。
まず特徴のひとつは、ふたつの神社の「合同」のお祭りだと言う点ですね。

<下鴨神社>http://www.shimogamo-jinja.or.jp/index.html
<上賀茂神社>http://www.kamigamojinja.jp/index.html

これは言い替えると、上賀茂、下鴨の両神社は
「ふたつで、ひとつ」であったことを物語っていると思います。

賀茂祭が「葵祭」と呼ばれるのは
宮中から斎王代が両神社にお参りする雅な行列があまりにも有名なため
多くの人が、この5月15日の行列を、お祭りの中心の行事と見なすようになり
この「葵」を身につけた人々の行列の通称を
お祭り全体の名前として用いるようになったためでしょう。

でも、このお祭りのいわば「本体」は、この葵の行列に先立って
5月12日に行われる「御蔭祭」または「みあれ神事」とよばれる儀礼にあります。
これは、比叡山の麓、八瀬と上高野の間にある「御蔭神社」から
新しく生まれたご神体を、下鴨神社に移して、鎮める神事です。

<御蔭祭>http://www.kyoto-web.com/top/saiji/may/07.html
<御蔭神社>http://kaiyu.omiki.com/mikage/mikage.html

つまり、賀茂の神様は、毎年春に新しく生まれかわり、
その新しい神様は、高野川の上流、比叡山の麓で生まれすのです。

鴨川と高野川が合流する地点にある「下鴨神社」。
賀茂川の上流にある「上賀茂神社」。
そして、高野川の上流にある「御蔭神社」。
この三つの地点がつくる三角形で囲まれたゾーンが
いわば賀茂の神域であり、同時に「賀茂氏」の生活空間でもあったのです。

何より、私たちが改めて思いを致したいと思うのは
古代の賀茂の人々が「神様は毎年、春に、川の上流で新たに生まれる」と
考えていた、と言う点です。

新しい命が芽吹き、夏に向って元気良く育ち、そして
秋には豊穣な実りをもたらしてくれる自然の力とその循環を
古代の人々が感じ取り、それに神事という形を与えて表現したお祭り。
それが、賀茂祭、すなわち葵祭なのです。

5月4日(金)午前、時折小雨が降る中を、
上賀茂神社と大田神社へ行って来ました。
今日、競馬(くらべうま)が行われる馬場も整い、
大田神社の池では、カキツバタがちらほら、咲き始めていました。

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<上賀茂神社の鳥居:2012年5月4日撮影>

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<上賀茂神社/競馬の馬場:2012年5月4日撮影>

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<上賀茂・大田神社/カキツバタの池:2012年5月4日撮影>

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<大田神社/咲き始めたカキツバタ:2012年5月4日撮影>

みなさんも、葵祭を、葵の行列だけではなく
古代の人々の自然観を今に伝える「賀茂祭」として見直し
平安京ができる以前の京都の風景や、人々の暮らしに
思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
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2012年04月27日

2012年4月28日:ゴールデンウィークは京都のお祭りシーズン:身近なお祭り、御旅所へ

こんにちは、山田章博です。



いよいよ今日から大型連休「ゴールデン・ウィーク」ですね。
みなさんは、どんなふうにこの連休をお過ごしになるでしょうか?
京都ではこの春の大型連休の時期は
各地の神社の「お祭り」の時期でもあります。
かつては豊作を祈願する田植え前のお祭りであったものが
できるだけ多くの方が参加しやすいようにと
この時期に集中するようになりました。

中でも大きなお祭りは、
「伏見稲荷大社」と「松尾大社」のお祭りです。
今年のこの両神社のお祭りでは、ともに
4月22日(日)に御神輿が神社から氏子の住む街へとお出でになる
神幸祭(しんこうさい)が行われ、今、御神輿は
それぞれの地域の「御旅所(おたびしょ)」にあります。

私は金曜日の午前中に、両神社の御旅所へ行って来ました。

伏見稲荷大社の御旅所は、
東寺東門通と油小路の交差点の北西角にあります。
広い境内の南の鳥居から入って、北の奥に御神輿が5基、
5月3日まで、鎮座しています。

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<伏見稲荷御旅所:東寺東門通油小路北西角>

松尾大社の御旅所は、3箇所に分かれています。
一番大きな御旅所は「西七条御旅所」と呼ばれ
御前通七条下る西側にあります。
今、ここには4基の御神輿があります。

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<松尾大社/西七条御旅所:御前通七条下る西>

残るふたつの御旅所は、これより西、松尾大社に、より近い場所にあり
それぞれ1基の御神輿が鎮座しています。

ひとつは「三之宮御旅所」で、阪急西京極駅の南東
七条通を西大路から500mほど行った北側
西京極中学校の西隣にあります。

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<松尾大社/三之宮御旅所:西京極北裏町、西京極中学校の西隣>

もうひとつは「衣手御旅所」です。
西京極運動公園から北西に500mほど
五条通(国道9号)のひとつ北の通り(万寿寺通)を
天神川通から500mほど西へ行った北側にあります。

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<松尾大社/衣手御旅所:西京極東衣手町:万寿寺通葛野西、西入る北>

伏見稲荷の御神輿は、5月3日(木・祝)に
松尾大社の御神輿は、5月13日(日)に
それぞれ神社へ帰る「還幸祭(かんこいうさい)」が行われるまで
それぞれの御旅所におられて、それぞれの地域の氏子の皆さんを迎えます。

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<松尾大社のヤマブキ:2012年4月28日撮影>

この時期、京都ではあちこちの地域の神社のお祭りがあります。
思いつくところでは、
上京・出町界隈の「上御霊神社」と西陣の「今宮神社」
左京・一乗寺の「八大神社」と修学院の「鷺森神社」などです。

御神輿のお祭りは、普段はそれぞれの神社におられる神様を
年に一度、御神輿に乗っていただいて、街まで御連れし、
神様のちからを、暮らしの場により近いところで感じることができる機会です。

ぜひ、みなさんも、お近くの地域の御神輿のお祭りをご覧になり
御旅所におられる神様に、御参りされてはいかがでしょうか?
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2012年04月20日

2012年4月21日:歩く人の安全のための工夫/軒下空間と「いけず石」

こんにちは、山田章博です。



先週お話しした祇園、大和大路(縄手通)四条付近での事故
4月13日(木)の発生から一週間を過ぎましたが
現場付近を通るたびに、私自身、何か背筋の寒い感じがしますし
他の通行人の方々も、えも言われぬ恐怖感や緊張感を
感じておられるように見受けられます。
私たちの日常の空間の中に、予測不可能な危険が潜在していることを
強く感じさせる事件だったことは、間違いありません。

今日も、この事件を振り返りながら
まちなかの交通安全について考えてみたいと思います。

事件発生から現在まで、さまざまな記録が公開されました。
中でも、タクシーに搭載された事故記録ビデオの映像は
衝撃的でもあり、また、先週の私自身の見解も
若干修正しなければならないと、感じました。

四条通の交差点を通行中に事故に会った方を除いて、
つまり、大和大路通を歩行中に事故に巻き込まれた方々には
本当になす術(すべ)が無かったのだろうと思います。
つまり、自動車が猛スピードで、路肩ギリギリを突進して来た場合
道路と建物の間には、ほとんど余地がなく、
危険を避けることが、不可能だと言うことです。

まちなかでは、道路ギリギリに建物が建っていることが多く
特に、歩道のない狭い道路では、その傾向が顕著です。
また、建物が少し後退していたとしても
若干の段差(排水溝など)の他には障害物がなく
建物敷地の中にも自動車が進入して、歩行者に衝突する危険は
少なくありません。

それを象徴するかのように、今回
暴走を最終的に止めたのは「電柱」への激突でした。
景観の観点からはしばしば目の敵にされる電柱が
今回に限っては、さらなる暴走の継続を阻止する役割を果たした形です。

私たちは、どうすれば良いのでしょうか?
安全なまちづくりのためには、何が必要なのでしょうか?
景観にとっては阻害要員となっても、電柱に頼るべきなのでしょうか?

ここで少し、提案してみたいと思います。

京都まちなかの伝統的な住宅・店舗建築として
この10年の間に急速に再認識・再評価が広がって来た「京町家」。
この京町家の町並みについて、お話しを聞く機会に、良く耳にするのが
「昔は、町家の軒づたいに、雨にぬれずに、歩けた」というお話しです。
つまり、道路ギリギリに建っているように見える京町家にも
人が歩ける程度の「軒下空間」があり、これが連続していた、ということです。

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また、まちなかの狭い道路の交差点の角に「石」が置かれているのを見かけます。
いわゆる「いけず石」ですね。
交差点を曲がるクルマが、家の角の部分に接触するのを防ぐためです。

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たとえば、まちなかであっても、道路境界から建物の壁面を
1メートル程度は後退させ、各家や店舗の敷地境界の道路際などに
十分に頑丈な「いけず石」を置くと、どうなるでしょうか?
歩行者が逃げる場所が確保でき、車両の突入をわずかでも防ぐことが
できるのではないでしょうか?

建物の建て方などについての法律や条例などによる規制以前に
建物を建てたり、管理したりする市民自身が
その建物の前を通る人々の安全を考えて
ちょっとした工夫をすることで生まれる、安全のための大きな効果が
可能なような気がします。

みなさんも、どんな工夫ができるか、考えてみていただければ
と、思います。
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2012年04月13日

2012年4月12日「祇園の大事故/リスクを回避する鋭敏な思考・感性・行動」

こんにちは、山田章博です。



4月も半ばにさしかかろうとしています。
サクラも満開を過ぎて、散り始めました。
この週末、ソメイヨシノなど早咲きのサクラを楽しむ
最後の週末になりそうです。

さて、この木曜日、4月12日に
祇園の大和大路(縄手通)四条あたりで
たいへんな交通事故が起こりました。
今日は、このお話しをしなくてはなりません。

4月12日木曜日、13時頃
京都市東山区の大和大路通を四条通に向って北進していた軽自動車が
突然、暴走し、大和大路や四条通交差点を歩行しておられた
多数の歩行者の方を次々にはね倒して、大和大路白川付近の電柱に激突して
やっと停止しました。暴走距離は約370mだそうです。

<京都新聞web記事/祇園で車暴走、歩行者7人死亡11人重軽傷>
http://kyoto-np.jp/politics/article/20120412000074

運転していた方は、テンカン症状の持病があったようですが
まず、私は、病気と事故の関係は度外視したいと思います。
だれであっても、突然、意識を失ったり、理性を喪失するリスクは
ゼロではなく、そうしたリスクを抱えた人間である私たちが
便利で早い、そして自由な移動の手段として「自動車」を利用することを
まず、前提に考えたいからです。
そうしないと、今回の事故も、病気をお持ちの方の権利を制限したり
自動車の自由な利用の制限や、機械的な安全管理などの方向へ
思考や議論が進みやすいからです。

さて、そうした突然のリスクを抱えながら、最大限の自由を享受し
自動車などの技術手段を用いて生活する私たちのこの社会で
今回のようなリスクにおいても、可能な限り危険を回避し
被害を防ぐためには、何ができるでしょうか?

私は、私たちのひとりひとりが、もう少し
この社会と都市空間の中に、さまざまなリスクがあり
自分がルールに従っていたとしても、避けがたいリスクに
さらされる危険があることを、意識しながら生活した方が
良いのではないかと思っています。

例えば、今回の事故では
四条通の交差点に、信号を無視して、暴走車両が突入するまで
約10秒の時間があったと考えられます。
(時速60km=秒速約16m、距離約150m)
交差点を渡ろうとしておられた方にも、減速せずに接近する自動車を
認識することはできたはずです。
また、これに気づいた人が、声や身振りで周囲の方々に
横断をやめるよう、促すこともできたはずです。

しかし、事故はおこりました。
ここで、私たち自身のことを、考えてみましょう。
横断歩道を、青信号に従って渡ろうとするとき
交差する道路の自動車は「赤信号に従って、必ず停止する」と
信じきっていないでしょうか?
もしかしたら、信号に気づかず、あるいは意図的に、
または、意識や理性を欠いた人が運転する自動車が
「突入してくるかもしれない」という心の準備が
少しでも、できているでしょうか?

私たちは、さまざまな仕組みに守られて生活しています。
しかし、その仕組みは、仕組みであるが故に、いつでも
壊れたり、機能しなくなったりすることがあり得るのです。

全ての人が、常に細心の注意と、リスクへの緊張感を持ち続けていることは
無理なことは、承知しています。でも、少しでも余裕のある人
特に、その街のことを良く知り、若く俊敏な心身を持つ人であれば
自分と、周囲の人が潜在的にさらされているリスクに
もってもっと鋭敏であって良いと思います。

これは、今回の事故のような、特別に重大なものに限りません。
あなたは、自転車で京都を走る時、信号のない交差点で、一旦停止していますか?
信号のない交差点で一旦停止せず、安全確認をしないのは
立派な「暴走行為」なのです。
まず、私たち自身が抱えるリスクの源と、そうしたリスクへの備えを
しっかりと考え、安全を高める行動を実践したいと思います。

お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。
【死亡】
奥村昌彦さん(40)京都市右京区西京極西衣手町
平山節子さん(69)大阪府守口市
岸本真砂子さん(68)大阪府豊中市
小池賢次さん(77)千葉県八千代市
澤西桃代さん(62)京都市東山区新宮川町通松原下ル
鴨下孝子さん(62)埼玉県蕨市
伊勢由希子さん(58)大阪府豊中市

怪我をされた方々が、早く回復されますように。
【負傷】
橋本長次さん(75)大阪府東大阪市
池田則子さん(33)兵庫県尼崎市
米田喬さん(29)京都市東山区
真鍋節子さん(75)兵庫県尼崎市
長谷川明恵さん(68)名古屋市北区
河村悦子さん(79)京都市左京区
河村菊蔵さん(84)京都市左京区
橋本志津子さん(74)大阪府東大阪市
チャン・エヴァさん(57)オーストラリア国籍
田中美夢さん(67)大阪府守口市
鴨下扶味江さん(64)埼玉県戸田市
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2012年04月06日

2012年4月7日「地域の学校のサクラを愛でよう」

こんにちは、山田章博です。



先週の土曜日、3月31日は
京都三条ラジオカフェの開局9周年と言うことで
記念特別番組の中で生放送でお送りしました。
種を明かすようですが、この番組は通常
放送前日の金曜日の午後に録音収録しています。

さて、4月になりました。
京都市の小中学校では、
木曜日に中学校の、金曜日には小学校の入学式が
一斉に行われました。これに合わせるかのように
少し開花が遅れ気味だったサクラが、咲き始めましたね。

明日、日曜日までは少し寒いようですが
週末は総じて、お天気は良いようですし、
週明けの月曜、火曜は摂氏22度ほどまで気温が上がる予報です。
一気に満開になるのではないでしょうか?

さて、みなさんはサクラをどこで楽しみますか?
京都にはサクラの名所はたくさんあります。
例えば、京都新聞は「京都の桜情報2012:京都新聞」
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/sakura/
として、特集HPを作っています。
これを見ると、お寺や神社、いわゆる観光地が多く掲載されていますが
私自身は、どちらかと言うと、こういう場所には行きません。
私が好んでサクラを愛でに行く場所は、このHPには載っていないのです。

私が好んでサクラを見に行く場所は、例えば、
木屋町・高瀬川(二条〜五条)
賀茂川・東岸(上賀茂橋〜賀茂大橋)
鴨川・東岸(賀茂大橋〜丸太町橋)
などです。

そして、もうひとつ、見逃せない場所が
「学校」ではないでしょうか?
特に、都心部(いわゆる「あんこ」)では
平成5年以降、小中学校の統廃合が進みましたが
平行になったものも含めて、学校にはほぼ全てに
見るに値するサクラが、今、咲き誇ろうとしています。

金曜日の朝、吉田山の自宅から三条東洞院の仕事場へ
歩いて通勤がてらに、
元・春日小学校(河原町丸太町北西)
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元・富有小学校(現・御所南小学校/竹屋町富小路西入る)
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元・竹間小学校(現・こども未来館/竹屋町間之町西入る)
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元・龍池小学校(現・京都国際マンガミュージアム/烏丸御池上る)
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元・初音中学校(現・こども相談センター「パトナ」/姉小路東洞院東入る)
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で、サクラを見て来ました。

このリストを見ても判るように、これらの学校の多くは
現在は、かつての小中学校としての機能は無くなっています。
そして、建物が立て変わっているものも、多くあります。

でも、これらの全てで、サクラの樹だけは、かつてのままに残され
今も私たちの目を楽しませてくれます。

この時期、特にこの週末(4月7日土曜、8日日曜)には
それぞれの学で、学区・自治連などの主催で
「サクラまつり」など、地域の「お花見会」が予定されています。

地域の経済・産業と社会構造の変化とともに
統廃合されつつも、さまざまな地域のニーズに合わせて活用されている
歴史ある京都の小中学校ですが、その中でも
受け継がれている「サクラ」は、それぞれの地域の記憶を受け継ぐ
欠かすことのできない、大切なシンボルとなっているのです。

みなさんも是非、それぞれの地域の学校(元・学校を含む)へ
サクラを愛でに、お出かけになってみては、いかがでしょうか?
posted by fm797radiocafe at 14:30| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月31日

2012年3月31日「コミュニティを創るメディア」

こんにちは、山田章博です。

今日、2012年3月31日は、京都三条ラジオカフェの
満9歳のお誕生日でした。
12時から14時まで、特別記念番組を放送しました。
これまでラジオカフェで番組を作ったり、出演してくださった方
これから番組を作ろうとしている方など
たくさんの方が、三条寺町のスタジオに集いました。

私の番組「まちなかひとくちメモ」は、いつもは
放送日(土曜日13時)の前日に収録しているのですが
今日は、記念番組を重なったこともあり、生放送しました。

以下が、その内容です。
(思い出しながら書いているので、放送内容とはかなりちがうとは思います)
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今日は開局記念特別番組の中で、12時45分から10分ほど
「夷川会(夷川通の家具店を中心とする商店街)」から生中継しました。
古くからの家具の街である夷川通(烏丸〜寺町)もここ10年
家具屋さん以外のお店が増えました。
また、夷川通からスタジオへ戻る時、押小路通柳馬場で
「茨木屋」さんの、あの立派な町家が取り壊されているのを目撃し
かなりショックを受けました。

このように、京都のまちも。日々、変化しています。
京都では、「お町内や学区など、昔ながらのコミュニティが
どの都市よりも、根強く、力強く、受け継がれている」という話しは
しばしば聞かれるものです。でも、その地域コミュニティも
決して盤石ではなく、むしろ、私たちが気づかないところで蝕まれ
私たちは、それに気づきながら「そんなことはない」と
否定したい気持ちに駆られていることが、上の様な表現/認識に
現れているのかも知れません。

私が生まれた1959年は、急速に家庭にテレビが普及し始めた時代です。
私たちの世代は、生まれたときからテレビがあった世代です。
そして今、例えば20歳を迎える世代は、物心ついたときから
パソコンとインターネット、そして携帯電話があった世代です。

テレビは少数の放送局から何万もの受像機へ同じ情報が送られるメディアです。
そこには、受信者同士をつなぐ「コミュニティ」はありません。
日本国中の人々が、世代や指向で番組を選択し、
地域を超えた共通体験をもたらす機械です。
それは、コミュニティが不要で、コミュニティを消去する機械です。

そうしたマスメディアに対して、コミュニティ放送は
「地域」と言うコミュニティを共有している人々のためのメディアとして
その位置づけを与えられ、京都三条ラジオカフェも、その枠の中で
放送の事業を行っているのです。
つまり、コミュニティ放送は、「コミュニティありき」のメディアとして
定義されているわけです。

しかし、マスメディアによって、徹底的にコミュニティ的情報流通が消去された
その「焼け野原」の中で、コミュニティがなおも存在することを前提とする
コミュニティ放送を行うことは、否定しがたい矛盾を抱えていると言えます。

私は、コミュニティ放送の役割や意味を
既存のコミュニティを維持し、再活性化する、と言ったところに置くのではなく
端的に「コミュニティを創るためのメディア」と再定義したいと思います。

京都三条ラジオカフェは、個人や団体が、それぞれの関心や指向に基づいて
自由に番組を作り、放送することを、この9年間の基本に置いて来ました。
番組内容については、放送局そのものも、基本的に口出ししないのです。

これによって起こるのは、ラジオを聞く人よりも
ラジオに出たことのある人が、圧倒的に多くなる、という現象です。
そして「ラジオカフェに出たことがある」「こんな番組に出た」ということが
その人々をつなぐ、新たなコミュニケーションの空間を作っています。

普段は、番組を制作しているみなさんが出会う機会は多くありませんが
今日、スタジオに多くの方が来て、そこここで対話の輪ができていたことを
とても印象深く、拝見しました。

ひとりひとりの関心や思いは、当然、異なります。
最初は全て「ひとり」から始まります。
でも、その気持ちやこころざしは、言葉を通じて、熱気とともに
他の人にも伝わる可能性を常に持っていて、そこから
内実を持った「コミュニティ」が生まれるのだと思います。

京都三条ラジオカフェ。
「コミュニティを創るメディア」を目指したいと思います。

2012年3月31日
「まちなかひとくちメモ」担当
NPO京都コミュニティ放送・事務局長
山田章博
posted by fm797radiocafe at 17:42| 京都 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年3月31日「ラジオカフェは9周年を迎えました」

おはようございます。山田章博です。

京都三条ラジオカフェは、今を去ること9年前
2003年3月31日に、本放送を開始しました。
今日は、ラジオカフェ9周年の記念日です。

京都は、強い前線の通過に伴って
午前9時30分頃から、非常に強い雨が降っています。
雨は13時頃まで続きそうです。

今日、ラジオカフェでは、開局9周年の記念番組を
12時から14時まで、お送りします。

私は12時から12時55分までの間の10分ほど、
家具のまち「夷川商店街」から
「カムカム夷川vol.04 2012春」の生中継をいたします。

「まちなかひとくちメモ」は、この中継が終了後
寺町三条のスタジオへ戻り
スタジオから生でお送りします。

内容報告は、夕方以降にアップロードします。
では、開局9周年記念番組をお楽しみに!
posted by fm797radiocafe at 10:10| 京都 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする